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みかんが一番おいしい時期にお届けします。

お客様との「5つのお約束」を、3代に渡り守りながら、年間約40種類のみかんの生産、販売をおこなっています。「年中みかんの獲れる農家」それぞれの、みかんの収穫期に拘り、早熟で無く、また過熟にならない様に、一番おいしい時期に、完熟で収穫作業を心がけています。少量多品目で、売り切れ御免というスタイルなので、お客様にご迷惑をお掛けしてしまうことも多々…改善に向けて、畑の全面積の2〜3割は品種更新のための育成農場として管理させて頂いてます。

創業以来3代に渡り製法に
こだわりを持ち続ける石本果樹園。

おいしいみかんが育つ、「段々畑」

太陽の恵みを多く吸収するので、夜でも温室のような暖かさを保つことができるうえ、水はけの良い斜面で育つため、水っぽくなく糖度の割合が高いみかんになります。

平らにし、樹を今より増やしたくさんみかんを作ることもできますが、効率が悪くても、自分たちで一本一本の樹と対話していく丁寧な農業をし、お客様から「あなたのところのみかんでないとダメ」といわれるものをお届けしたい。
栽培方法を自分たちで研究し、木の一本一本と対話を重ねた結果、生まれた石本果樹園自身のみかんを是非お召し上がりください。

作り手:2代目 石本富男の話

中学を卒業後、篤農家で修業をし、昭和41年、家業を継ぎました。
まだ、三重県熊野のみかんが知られていない時代、有名産地に対抗するため、あえて別の産地のみかんが出回っていない、初夏にみかんを食べてほしいと思いハウス栽培を始めました。
はじめは今までとは育て方が違うハウス栽培は肥料や水をやる時期や量など何も分からず、様々な産地をとおーくまで足を運んで教わりにいきましたが、一般的に知られている技術までは聞けても、その先の工夫はなかなか教えてもらえるものじゃありませんでした。でも、それは当り前だしそれでよかった、場所が違えば育て方も違うのが当たり前。
この時は自分で色々考えて、結局、みかんの樹と話ができるようになりました。今も、一本一本と話ながら肥料をやっています。『ちょっとメタボやぞ!』とか『おーい、喰うもんくってるか?』とか、人間より樹の方がちゃんと言うことを聞いて育ってくれます。

作り手:3代目 石本慶紀の話

僕が家業を継ごうと決めたのは、高校生の時、台風の被害に遭あって、うちのお客さんだったパン屋さんが心配し、励ましの手紙とパンを届けてくれたんです。そのとき、“うちはたくさんの方に気にかけてもらえる仕事をやっているんだ”と実感しました。お世話になっている店がもし災害に遭ったとき、僕も同じことができるだろうかと考え、農業やものづくりをやっていきたいと思ったんです。
それから、地元の高校を卒業後、三重県農業大学校果樹専攻に進み、2年間果樹の知識、栽培技術を学び。そして国の施設である大分県常緑果樹試験所で1年間学んだ後、紀宝町に戻り農業を始めました。
お客様から届く注文のFAXに添えられた“おいしかった”の一言がはげみになっています。僕は映画監督や音楽家ではないから、多くの人に感動を届けることはできない。だけど、ひとりひとりのお客さんの小さな“おいしい”や“ありがとう”の声をたくさん集めていければいいなと思っています。